【あらすじ】
唐の都である洛陽、その西の門の下で、杜子春という男がぼんやりと空を見つめていた。
彼はその昔、大金持ちの息子であったが、今では財産を使い果たし、その日の暮らしにも困るほど落ちぶれていた。
そこへ、目つきの鋭い片目の老人が現われ、杜子春にこう言った。
「夕日に照らされたお前の影の頭に当たるところを夜中に掘ってみよ、そうすれば黄金の山が埋まっているはずだ」と、
老人はそう言い残すと、いつの間にかその場所から居なくなってしまった。
杜子春は不思議な気がしたが、言われたとおりにその場所を掘ってみた。
すると、そこには黄金の山が埋まっており、一躍大金持ちになった。
大金持ちになった杜子春の家には、都の才人や佳人たちが連日訪れ、飲めや歌えの大騒ぎを繰り返した。
しかし、贅沢の限りを尽くした宴も、次第に金が底を突いてしまうと、また貧乏な生活に逆戻りしてしまった。
するとどうであろう、杜子春のことを誰も相手する者がいなくなってしまった。
元の貧乏人に戻った杜子春は、再び西の門の下で佇んでいると、先日の老人が再び現われ、「今度はお前の影の胸にあたるところを掘ってみよ」と告げて立ち去った。
言われたとおりその場所を掘って、再び黄金の山を得た杜子春であったが、贅沢三昧の以前と同じことを繰り返したため、また金がそこを突き、貧乏人に逆戻りしてしまった。
西の門の下で三度目に老人に会った杜子春はこう言った。
「お金持ちになれば人はちやほやしてくれるけど、貧乏になった途端に知らん顔でつくづく嫌になりました。お金はもういりませんから、弟子にしてください」と、
峨眉山(がびさん)に住む仙人で鉄冠子(てつかんし)というこの老人は、杜子春を峨眉山に連れて行った。
そして仙人は、「ここでは魔性がお前をたぶらかしに来るだろう、しかし、決して口をきいてはならぬ。もし一言でも口をきいたら仙人にはなれぬぞ」と言って立ち去った。
その言葉を守った杜子春は、滝のような豪雨とともに耳をつん裂くような雷鳴が鳴り響く中、襲いかかる蛇や虎にじっと我慢して口をきくことはなかった。
だが、恐ろしい姿の神将が現われ、散々に責められた挙句、杜子春は刺し殺されてしまった。
肉体を離れた杜子春の魂は、地獄へと堕ち、閻魔大王の前に引き出された。
そして、「なぜ峨眉山に着たのか」と問われても、剣の山や血の池地獄、灼熱地獄で責められても、仙人の言いつけを守った。
頑として口をきかない杜子春に、閻魔大王は鬼に命じて二頭の馬を引き立ててきた。
それはなんと、馬の姿に変えられた、亡くなった両親だったのだ。
鬼たちは鉄の鞭で馬を打ちのめし、肉は裂け、骨は砕けて、目には血の涙を浮かべた馬は苦しそうにいなないていた。
それでも杜子春は、仙人の言い付けを守り、固く目をつぶって耐えていた。
そんな杜子春の耳にかすかな声が伝わってきた。
「お前さえ幸せになれるのなら、私たちはどうなってもいいんだよ。言いたくないことは黙っておいで」と。
それは懐かしい母の声だった。
ハッとして目を開くと、そこには息も絶え絶えの苦しそうな馬が、杜子春とことを哀しそうに見つめているのだった。
その姿を見た杜子春は、思わず仙人の言い付けを忘れ駆け寄ると、「お母さん」と叫んで馬の首を抱きしめた。
その声で我に返った杜子春は、いつの間にかまた洛陽の西の門の前に立っていた。
「どうだ、とても仙人にはなれまい」と老人に言われた杜子春は、正直にこう言った。
「はい、いくら仙人になれるとしても、両親が苦しめられている様子を見ると、とても黙っているわけにはいきませんでした。もう、仙人になれなくてもいいと思っています」
仙人は言う、「もしお前があのまま黙っていたら、わしは即座にお前の命を絶ってしまおうとおもっていた」
そして、「仙人にもなれない、大金持ちにもなりたくないというお前は、これからいったい何になりたいのだ」と問うた。
杜子春はこう答えた。
「何になっても、人間らしい正直な暮らしをするつもりです」
杜子春を見つめて老人は言う。
「では、泰山の南のふもとにあるわしの家の畑をお前にやろう。今頃は家の周りに桃の花が一面に咲いているだろう」
そう言い残すと、老人はいずこともなく立ち去っていった・・・
【感想・書評】
老人は杜子春に、仙人になるための修行だと言って、どんな責め苦にあっても、誰とも口をきかないという言い付けをしたが、その実は、杜子春が持つ人間性を試すものだった。
約束を破った杜子春に対し、やっと人間らしい心が芽生えたと感じた仙人は、そこで初めて弟子にしようと思ったに違いないと思います。
しかし、仙人になることをあきらめた杜子春に、生涯困らない安らかな生活を与えたというところに、自由な人間性を尊重したいとするこの作品の意図があるのでしょう。
いずれにしても、人間性のない仙人などなんの値打ちもなく、虚しいだけではないでしょうか。
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